オフィス移転 東京からのお知らせ

嫌だという人に、押し掛けてまで会う必要もない。
N銀総裁から取材拒否を受けるのは、そうそうない経験だ。 ある意味で、名誉なことかもしれない。
ただ、個人的に嫌われたのかどうかは不明だ。 プロローグでも述べたように、Hには個別インタビューの経験があるほか、本書の執筆上でも、いくつかの協力を頂いている。
Hが嫌ったのは、「この時期」に厳しく質問されることだったのかもしれない。 ゼロ金利解除の政策責任問題を突っ込んで問われると、政治で高まる総裁辞任論と共鳴して、政策運営に支障を来しかねないとの危倶だったか。
ただ、H時代を振り返ると、ゼロ金利政策、その解除、量的緩和策への転換、その拡張、さらには銀行株買い上げ策など、いずれも金融政策のあり方として世界的にも論議を呼ぶテーマが相次いだだけに、N銀がメディアからの批判に極めて敏感だったのも事実だ。 ある関係者の告白によると、N銀は各メディアを内部格付けしているという。
それもN銀らしく念の入ったやり方で。 まず、当該メディアの影響度と、N銀に対するスタンスに応じて、各社ごとに格付けする。

例えばA社とB社は、好意的な記事を書いてくれるので大事にするが、C社は反N銀的あるいは親大蔵省(財務省)的だから、政策委員や役員などに対する個別会見などの場合、会う頻度や会う場合の時間を限定的にするといった具合。 加えて、格付上位のA、B社でも、所属する各記者ごとの格付もあるという。
N銀に好意的な記者、どちらでもない記者、しつこい記者などと、細分類し、それぞれ対応を使い分ける。 審議委員などへの個別取材でも、メディア慣れしていない委員には、担当秘書が必ず同席し、委員が踏み込みすぎた発言をした場合はその場で議論に割り込んで修正を求める。
メディア慣れした委員には、こういった監視委員的な同席は委員自身が認めないケースが多いが、それも相手の記者によって異なる。 この話を聞いて、なるほどと、合点がいった。
前項の総裁の取材拒否では、N新聞はN銀の格付上もOKなのだが、私への格付が低い(要警戒)ということだったのかもしれない。 N銀のメディア格付が事実なら、都合のいいメディア、記者にだけ情報を流す情報操作、言論操作にもつながる。
在任中、広報担当を買って出ていた副総裁のFに真偽を聞いてみた。 「それは何かの方便として(格付けめいたことを)言った人がいるかもしれないが、私はN銀に内規としてそういうものがあるとは思わない。

ただ、昔は、中央官庁でも、例えばJ通信は通信社だから何「個別の会見に監視役として人を付けることはない。 私は分け隔てなく記者に会った。
ただ、私は何回も諌めたが、Hさんは、『あの記者はまたこういうことを書いた』とか、『あの新聞社はどうだ』とか言う。 それで、「そういう子供じみたことはやめてください。
そんな時代ではない。 総裁だからこそ書かれるのだから、勲章だ』と言ったこともある」本当にN銀にメディア格付があるとすれば、ジャーナリスト出身のFには絶対見せないだろう。
なぜならF自身も過去に格付されていたわけで、それを副総裁から叱責される可能性が出るからだ。 N銀の情報操作説は、対メディアに限らない。
金融政策や市場動向を日々脱むエコノミストたちに対しても、N銀の情勢判断を知らせる定期会合に呼ぶエコノミストと、呼ばないエコノミストとに分けて、シンパかどうかの踏み絵を踏ませるという。 学者についても、一種の「囲い込み活動」を行い、シンパの学者には講演などをアレンジ、かなりの額の講師料も支給するという。
政府の審議会同様、N銀の「囲い」の中に入ると、単に経済的な厚遇だけでなく、学者として、論文作成、データ分析などの研究面での利便性が破格に高まる。 このため、実際、学者の中にも、自らN銀にすり寄る人も少なくない。
これらのことは「開かれたN銀」とは明らかに異なる。 情報の受け手を、N銀が意図的に鍔酌することで、世論や論議を有利に持っていこうとするならば、情報操作と呼ばれても仕方がない。
だが、政策の失敗は、そうした操作によっても覆い隠せない。 一○○一年一月三日。
一十一世紀最初のサプライズは海の向こうで起きた。 米FRBはフェデラルファンド(FF)金利の誘導目標を○・五%下げて年六・○%に、公定歩合を○・二五%下げて同五・七五%とすることを決め、即日実施した。

FRBの利下げは二年二カ月ぶり。 翌日の四日、さらに公定歩合を○・二五%下げた。
前年十二月十九日のFOMCで、政策運営方針をそれまでの「インフレ配慮型」から「景気配慮型」に転じており、金融緩和の観測は高まっていた。 同月二十日に米大統領に就任するジョージ・ブッシュも、緊急利下げを歓迎するとともに、選挙公約とした十年間で総額一兆三千億ドルの大型減税実施の必要性を強調した。
米経済は、金融政策と財政政策の総動員で、減速食い止めに動き出したわけだ。 米経済の明らかな減速は、政策委の委員たちも実感していた。
Sも、「二○○○年十一月のいくつかの指標で『あれ星というものが出てきた。 十二月に入ると、はっきり下振れリスクの可能性が出てきた。
特にIT関係の需要に一部、陰りが出てきた」と振り返っている。 十二月七日に神戸で講演したFは、講演後の記者会見で、ゼロ金利に戻る選択肢があるのかと問われた。
これに対してFは「イエスともノーとも言えない」と微妙な言い回しを返した。 「現在は下振れリスクに留意しながら情勢を点検していく状況にある。
リスクが間近にあるという訳ではなく、中央銀行としては当然に求められる〃転ばぬ先の杖〃の作業を行っている」だが、実際、リスクは転ばぬ先どころか、間近に迫っていた。 ゼロ金利に戻すかどうか、戻すと政策責任をどうとるか、あるいは免れる道はないか。
Hも十二月十九日の会見で、経済環境の変化を認める発言をしていた。 「緩やかな回復」という基二十世紀最後の取引となった一○○○年十一月一十九日の株式相場。
日経平均は年初から一割ほども下がり、一万三千七百八十五円六十九銭で大納会を終えた。 年末終値としては、一九九八年末を下回り、バブル崩壊後最も低い水準となった。
先行き懸念は明らかに深まり、期待を込めた二十一世紀の始まりはむしろ、不安の世紀の幕開けのようにも映った。 米経済の失速を迅速に回避しようと、FRBは年初採択した。

つけない杖二○○○年最後の政策委となった十二月十五日の会合は、景気判断を巡って論議となった。 大半の委員は、十月三十日に示した緩やかな回復基調という標準シナリオの維持を支持するとともに、米経済の下振れリスクを注視する姿勢をとった。
多くの委員が、公共投資や輸出減速を背景とした生産の増加テンポの鈍化を認めた。 ただ、標準シナリオを修正せねばならないほどではないとの点でも一致した。
一人だけ、景気は足踏みや踊り場ではなく、「後退局面に転換する兆しが出てきた」との意見が出ている。 転ばぬ先の杖はなかなかつけないものだ。
ほぼ全員が下振れリスクを注視しながら、もう一歩踏み出す決断をできない。


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